2016年09月04日

ばーちゃんありがとう

大好きなばあちゃんと、お別れしました。
看取りの時に直面して、家族といろいろ悩みながら最期の時を迎えたので、
思い出を振り返りながら、忘れないうちに。
なんの参考にもならないと思うけれど、
何かを考える参考にもなればいいなあ、
違う道を選ぶ人がいてもいいなあという希望を込めて。
(だがやたら長い)

*****

うちのばあちゃんは、世界一カワイイ自慢のばあちゃんです。
笑顔が本当にかわいくて、
いつでも感謝を忘れず、言いすぎるぐらいみんなにありがとうを伝えることができて、
我慢強く、本当に、家族からも、周囲の人からも好かれるだいすきなばあちゃんです。

骨折等も経験しながら、じいちゃんが先に逝ってしまった後も一人暮らしを続けていました。
もちろん、子供たちやお嫁さん達、孫やひ孫もこまめに訪問してはいたけれど、
90才を過ぎても身の回りのことをできる限り自分で行っており、
周りに世話をかけることを嫌う人で、
いつも謝りながら、ありがとうを言ってくれていたのをよく覚えています。

元々小食で、年を重ねるごとに食事は偏り、摂る量も少なくなり、
ここ数年は補助食品に頼りながら過ごす日々を長く続けていました。
今年の春頃、肺炎で入院した後からはがくっと食事量が減り、
補助食品すらあまり進まず、普通の食事は一口二口しか摂らないことも多く、
食事の支援も含めて毎日家族が訪問しており、滞在する時間も長くなっていきました。

少しずつ足腰も弱ってしまい、歩行時にふらつくことも多く、
転倒の危険も高くなっており、食事の問題もあったため、
点滴等でもしてくれたらとの希望で一度は病院に入院もしましたが、
せん妄がひどくなり、病院からも即日退院を促される状況にまで悪化してしまいました。
家族で相談の後、決断として在宅に戻り、
デイケアとショートステイ(介護保険サービスの短期お泊り)を
半分ずつ(介護保険的にはフル)使いながら、
デイケア以外の夕方〜朝の時間は家族で当番で寝泊まりしながら
祖母を支援していくこととなりました。

私は、仕事に就く時にも、いやむしろ最近まで全然想定していなかったのだけれど、
ショートステイの立場で、自分の職場でばーちゃんをお世話していくことになりました。
受け入れるにあたっては、自分の身内だからこそ、
ご飯が食べられなくなっている=最期の時が近づいていること、
急変の可能性もあること、
病気は治すことができても、老いは治せないこと、
家族にも私の口から説明をした上で、お迎えを約束しました。
受け入れる時から、最期の話をするのは本当に酷だなあと思うよね。
でも、最期が近いことを察していたからこそ、
最期の時をどう過ごさせてあげたいかをしっかり考えてほしかったのです。
とはいっても、私も家族もきっと、現実にうまく受け入れきれない、
ずっと先のような気がしていたなあと思います。

結論としては、ばーちゃんを施設で看取ることは叶わなかったし、
個人的に一番して欲しいと思う終末ケアを進めることもできなかったのだけれど、
ぎりぎりのところまで自分自身も関わることができて、
できることはやれたかなあと思えています。
この仕事を選んだ意味っていうのかな、
直感みたいなものでここまで走ってきたけれど、
ばーちゃんのためにこう動くために今があったのなら良かったと、
今もそう思えているから、きっと私はしあわせだなあと思います。


デイケアとショートステイを使う生活を続けながら、
食事が少ない状況は大きくは変わらなかったけれど、
職場のみんなも手を尽くしてくれて、
少しだけ食べてくれるようになり、ばーちゃんは少しずつ元気になっていきました。
寝て過ごすばかりだったのが、歌を歌ってくれたり、
私が顔を出すと、「孫よー」と笑顔でみんなに紹介してくれたり、
職員のみんなにもばーちゃんはとても好かれてだいじにしてもらっていて、
ご飯のことで手はかけたけれども、
どこまでも、自慢のばーちゃんでした。
このまま、この生活が続くような気がしていました。

平成28年7月末、自宅で一人で動こうとした際に尻もちをついてしまった頃から、
腰痛が悪化して、食事の摂取量もまた一気に落ちてしまい、
寝て過ごすことがほとんどになりました。
病院に行っても、体は年齢相応であちこち悪くなっているが、
治療できるものは何もないとのことで帰される日々が続きました。

デイケアに通うことや、自宅で過ごすことも難しくなったため、
ショートステイを長く利用するようになり、
施設の入所も検討する時期になっていました。
本当は、その段階で入所ができたら良かったのだけれど、
いろいろな事情がありそれはどうしても叶いませんでした。

食事がさらに少なくなり、肝機能の悪化が疑われる症状も見られたため、
病院への入院を勧められ、病院に入院することになりました。
施設で個別対応をしてもらい、
好きなものや食べてくれるものをなんとか少し食べていたばーちゃんでしたが、
病院の食事はまったく受け付けず、
点滴で栄養をつなぐ日々が数日続きました。

主治医の先生から家族に説明があり、
食事を摂らない状況に対して、栄養を摂ってもらう方法として、
経鼻経管栄養(鼻からチューブを通して胃に直接栄養を流す)の勧めがありました。
子供たちは「まずは試しにやってみたら」との考えでしたが、
私は全力で反対意見を伝えて、いったんはやらないことになりました。

反対した理由としては、これまで見てきた利用者さんのことから、下記のことを伝えました。
@鼻から喉にずっと管が入っていると、異物感があって本人が苦しい
A管を入れてしまうと、管が入った状態で食事を摂るのはとても苦しいので
 口から何も食べられなくなってしまう
B意識がなくなっても、栄養だけは入るので、
 命だけをつなぐ状態になってしまうことがある。
 どんな形でも長生きしたい、してほしいというという希望であれば選択肢になるが、
 本人はその形での生を望むか?自分だったらそうして生きたいと思うか?
C管を入れると苦しいので、管を自分で抜こうとしてしまう場合があり、
 その時は手を縛られたりミトンをしたり、行動を制約されて自由に身動きも取れなくなってしまう。

私の説得もあって経鼻経管栄養を行わない選択をした家族でしたが、
ばーちゃんは食事も摂れないどころか、点滴のルートも摂れず、点滴すらできない状態となりました。
ずっと眠っていることが多く、会話もできなくなっていました。
けれど、頷いたりすることはできる日もあり、
ただ、もう、避けようがなく、最期の時というのが明らかにどう見ても迫っていました。
点滴もできないならこのままでは本当にばーちゃんが逝ってしまう、
その段階になってしまった時、一度は決心したはずでしたが、家族の決断が揺れました。

「経鼻経管栄養をお願いしよう」

私は、家族で納得して決めたのならそれで良い、
ただ、その決断をするのなら遅いくらいだと伝えました。
家族に対して言うべき言葉ではなかったよなあと今でも思います。
大事な人が目の前からいなくなってしまうかもしれない時、
家族の決心が揺らいでしまうのは仕方がないことだというのもわかっているはずなのだけれど、
そこは私の主観が大きく入って、やっぱりそれは選んでほしくなかったんだなあ。
ただし、何を選んだら良かったのかなんて、
選択しなかった未来のことは誰にもわからないというのは本当そうなので、
良いも悪いもない、そういう道だったのだと思っています。

経鼻経管栄養をはじめたばーちゃんは、残念ながら良くはなりませんでした。
(※栄養が入って元気になる方もいるし、個人差があります…!
 なので、経鼻にするとこうなるわけではないです!)
やはり管を触ろうとしてしまうため、両手にミトンをつけて、
手を紐で柵に結ばれていました。
呼吸も苦しそうで、痰がからむことが増えて、肺炎を起こしてしまい、
経鼻にして2週間ほど後だったでしょうか、朝方に息を引き取りました。

経鼻を選択しなかったとしたら、
ばーちゃんはきっともっと早く逝ってしまったのではないかと思います。
ただ、前日に見た姿は苦しそうだったので、
眠ることができて、苦しいのをあんまり感じなかったらいいなあと、
面会の時に思うのはそれだけでした。


いろいろな節目で選択してきたことの最善なんて誰にもわからなくて、
何を選んでも、どんな結論になったとしても、
これは本当に間違いとかはなくて、
もっと良かったかもしれないし、
もっと悪かったかもしれない、誰もわからないし誰も悪くはないと思っています。

ばーちゃんも、苦しい時間を長く過ごすことはなく
じーちゃんのところに行けただろうと思います。
ただ、子供たちもね、ばーちゃんが苦しいかもしれないのわかっていてもね、
だけど生きていて欲しかったんだ。
家族の想いというのはそんなものでね、
それは、ばーちゃんもきっとわかってくれているだろうと思っています。


今回の体験を通して、
やっぱり最期の時に経鼻経管栄養はあまり勧めたくないなあというのは個人の感想で、
自分自身、自分の身近な人、選択の場面に、
少し考えてもらえたらいいなあと思います。
栄養が摂れる!ということで十分なメリットがあるのだけれど、
先を見てのデメリットも選択の中で頭の片隅に情報としてあったら良いなあと思います。

長い上に何もまとまらないけれど、
ばーちゃんとの半年を振り返りながら、ばーっと書きました。
ばーちゃんが私のばーちゃんでいてくれたことを本当に感謝しているように、
ばーちゃんにとっても、私がちょっとくらいは役に立てる孫であれていたらいいなあと、
自慢の人の、自慢の存在であれるようにね、これからもちゃんとがんばるよ。ありがとう。
私のばーちゃんでいてくれて本当にありがとう。だいすきです。だいすき。だいすき。
ありがとう。



  

posted by 満月-みつき- at 01:14 | Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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