2010年07月14日

ありがとう

※脳内整理用です。全然まとまりません。
文体も統一できなくてすいません。
でもそのまま、書く。

「いなくなる」ということについて。
近い人ほど同じ感覚になってしまうかもしれない。
そう思いながらも公開してしまってごめんなさい。
自分自身が受け止め切れているかも疑問です。
でも、何もなかったはずはないから、
だから私は書きたい。

本当に最近、とても大切な友人が亡くなったという連絡を受けました。
…実感がわかないのに、文字にするだけで引き戻される言葉の威圧感。
「一昨日亡くなった」という知らせを、仕事中に聞きました。
信じられないし、信じたくないけど、こんな悪い嘘をつくはずなかった。
なんで?おねがい。
おととい?私何してた?だって、3、4日前に話したのに?
一緒にって、誘ってくれたよ?いろんな約束まだ守れてないよ。
げんき?って聞いて、元気です!って言ったじゃんか。
ダメだ私、少しもそんな要素頭に無くて安心しきってた。
もっと話せたのに。
絵を描いて渡すねって、私から言って約束してたのに、
なんで今しか思い出さないの。

いろんな「なんで」「どうして」ばかり浮かぶ。

仕事が手につかない。
ああでも、仕事に追われていたら、まるで何もなかったみたいだ。
ちょっと連絡がつかないなんて、いつものことだ。
次第に、思考の端に追いやる。


でもふと一息ついた時に現実が返ってくる。


…いやでもやっぱり、実感がわかない。
悪い冗談だって言われたら、今でも信じる。

考えないことでなかったことにして逃げようとしてるのかなあ。
実感がわかないのも、実感なんていらないと思っているからだろうか。
考えなくてもいいと思う自分と、それではいけないと思う自分がいて、
どれも自分の中での防衛機制なんだと思います。
乗り越えたくないし、乗り越えなきゃいけないかもしれないし、
乗り越えたいのかもしれない。
とにかく、一瞬一瞬で思考の優勢が変わる。
…ああでも、これほんと?

いろんな別れの時に、耐えられなくて文章化するんだけれども、
今すごく現実味がなくて、だから本当に普段と何も変わらない。
なのに、なんだか時間が止まったような、現実離れした感覚もあるような、
とても消化できないもやもやがある。

でもだって、私ありがとう伝えきれてないよ。
いつも声かけてもらえるのを待ってばっかりで、
なのに楽しい中にたくさん誘ってくれてね、
本当に楽しい経験をいっぱいできたよ。
お願い言ってくれたら、歌って欲しい歌とか歌うよ^^
私の声好きだって言ってくれていたから、
私には、これしかないけど、喜んでくれるかなあ?
ああ、私が今まで歌った歌で何が一番好きかってわかんないや。
どれだろう…予想では本当にあってるか自信ないw
まだ、全然知らないことがたくさん。
ホントにね、約束がいっぱいあるの。

でも違う、こんなことが言いたいんじゃない。
だって、好きで約束守れないんじゃないもの。
そこを責められても困るよね。
責めたいんじゃない。
ああでもなんで今?もっと先じゃないの?納得がいかない。


*****************


私は、小学校高学年くらいまで死後の世界なんて信じていなくって、
命が終わればその先はなにも無い、すべてが止まるんだと思っていた。
だから、「生きているうちがすべて。」
これは、今もそんなに大きくは変わらない考えかもしれない。

でも、じいちゃんが亡くなってから、少し変わった。
なぜかというと、じいちゃんは「いた」から。
残してくれた思い出や、私たちがいるから「いた」わけじゃない。
存在を感じたから「いた」の。

あのね、信じなくていいけど、
じいちゃんは絶対ばーちゃんのそばにいたのよ。
うまく説明できないけれど、わたしは「いた」って信じてるし、
ホントかそうじゃないかなんて解明したくもない。
でも、いてほしい人のそばに、いてくれた気がした。
私は、じいちゃんがいてくれて嬉しかった。
ばーちゃんのそばにいてくれて安心した。

だから、それが根拠ということも無いけど、
亡くなった後にも、伝わることはきっとあるって信じてる。

でもそれは、生きている時のそれにはとても及ばない。
自分にとっても、相手にとっても、
明確な伝える手段があるかないかというのは、とても大きな差だと思う。
だから、とても同じにはならない。
生きている時にできることをしなくちゃいけない。

どうしても、後悔ばかり浮かぶ。
こんなのは望むはずないってわかっているけど、
それでもやっぱり、悔しい。

わたしが歌ったら、聴けないって怒るかな。
…無いな。いつもホントに楽しみにしてくれて、すごく褒めてくれたもの。きっと聴いてくれる^^
楽しそうにしてたら、寂しくなるかな。
…これも無いなw楽しいとこには、自分から飛び込んでいく人だもの^^
だけど、そうはいっても、心配だ。

普段通りの日々が動いていくことが、辛くもあり、ありがたくもある。

どうまとめて納得しようとしても、やっぱり「だけど」が出てきてしまう。

私は楽しいをたくさんもらったけれど、
私よりもっともっと楽しいをいっぱい経験できていたらいいな。
私も楽しいをあげられただろうか。信じたい。

作り物みたいな、自分のための言葉になってしまったけれど、
ありがとうとだいすきは伝わるといいなあ。
本当に、幸せたくさんもらった。


締めきれない。
今更言葉にしても遅いけれど、ありがとう。
無念がたくさんだと思う。本当に。
どうか、彼が守りたかったはずの大事な人たちが、
今後も幸せであることを願う。



  

posted by 満月-みつき- at 00:36 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご友人様のご冥福をお祈りします。

自分は小さい頃からおじいちゃんが亡くなったりしてきて割と早い段階で死についていろいろ感情を覚えてたのを記憶してます。

でも3年前おばあちゃんが亡くなった時に本当にお世話になっていて悲しいはずなのに涙が出ませんでした。
それは本当に辛かったです。
自分はなんて薄情なんだろうと強く思いました。
でも今考えて見るとそれはおばあちゃんが無くなった事を理解したくなかったんじゃないかなと思います。

親しい人が亡くなるっていうのは本当に理解したくないし受け止めたくないし嫌な事です。
なので今は現実味がないとしても来年、再来年もしくはもっと経った時にいつか理解できている日が来るのではないかと思います。

自分には満月さんに何も力をあげる事も出来ないし本当に応援することしか出来ないです。
でも満月さんは動画越しに他の人にいろんなものを届けられているのできっと周りの人にもいろんなものをもっと届けられていると思います。

駄文長文失礼しました。
これからも応援させていただきます。
Posted by みのる@ごみ at 2010年07月16日 03:53
ほんとうに、向こうでもきっと幸せで楽しいことを願います。
でも、やっぱり全然現実味がないですが><

祖父母のことを思い出しながらお返事していたら、
お返事じゃなくブログ本編より長くて重い思い出語りになってしまったので、
ちゃんと書きあげられたら読んでもらえる形で出せたらと思います^^
今書いてる時点で既に重くなること必須ですが\(^o^)/
それでも、私の体験で、誰かが同じ失敗をしないで済むならって、
片隅にでもなにか響けばいいな(`・ω・´)!


たぶん人は、自分の防御反応ではじめは理解することを止めるんじゃないかと思います。
その期間は本当に人それぞれで、
きっかけがあるかもしれないし、ないかもしれない。
とにかく、時間が経てば忘れたり、消えたり、なくなったり、
そう簡単にはいかないと思うけれども、
要素として「時間」というのはとても大きいと思います。

はじめは、
「もうちゃんとは届かないかもしれない。
 私の歌を聞いたら、きっとみんな思い出してしまう。
 私ですらそうだもの。
 それなら、何もしない方がいいかもしれない。」

そんな風に思ったりもしました。
私にできることなんて、思いつかなかった。

でも、みのる@ごみさんが言ってくれたように、
動画を通して伝わってくれるものがあって、
なにより、私動画を通してその方と出会えたんです。
本当に、幸せな偶然だって、心から思います^^


友人が、
「不運や困難、悲しみや痛みは
乗り越えたり、忘れたり、後回しにするんじゃなくて、
【刻む】モノだ」
という言葉をくれました。

だから私は自分の中で、しっかり刻もうと思っています。
もらったたくさんの大好きやありがとうが、
ちゃんと伝わるように^^


とても考えながらコメントとして形に残して下さったんじゃないかと思います^^
本当に、ありがとう^^
自分の考えを整理しながら違う視点の考えに触れて、
また、ちゃんと向き合う機会が持てたように思います☆

改めて、ありがとう^^
Posted by 満月 at 2010年07月20日 01:17
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